| |
ベトナム戦争や、その後の社会主義国家体制などの要因から、国際社会では長らくベトナムのことはあまり知られないできました。ベトナムが国際社会に認められたのは1996年のことであり、観光ブームは始まったのもここ数年のことでしかありません。
ベトナムは南北に細長い国です。北部では古くから中国系の人々が暮らし、紀元前200年頃には中国の武将によって独立国南越が起こされました。ベトナム中部から南東部に勢力を広げたこの王国は、紀元前111年以降は中国に支配されるようになります。一方、ベトナム南部はインドネシアやインドの影響を受けており、ヒンドゥー王国が栄えますが、南部は6,7世紀にはクメール帝国に制圧され、中部は15世紀まで独立を保ちました。
北部では10世紀に中国が撤退し、後に900年間続くベトナム王朝が樹立します。李(リ)朝、陳(チャン)朝などの王朝ののち、さまざまな一族が興亡を繰り返し、1802年には現在のベトナム領域が統一されます。17世紀から宣教師を送っていたフランスは、1800年代半ばから宣教師迫害を口実に軍事的な介入をし、1883年にはフランスによる支配が始まります。カンボジア、ラオス、ベトナムから構成されたフランス領インドシナの始まりでした。1930年にはホー・チ・ミンがのちのインドシナ共産党を設立し、第2次世界大戦後に北ベトナムに政権を樹立しました。これ以降、南北ベトナムとフランスやアメリカを交えたインドシナ戦争やベトナム戦争に突入し、1976年に北ベトナムが勝利するまで戦いは続きました。これらの戦火はベトナム全土に及び、化学兵器攻撃で国土が毒される結果
を招きます。南北統一後は、非共産主義者がベトナムを去り、ボートピープルなどで知られる100万人単位
のインドシナ難民を生じました。また、中国やカンボジアなどとの国境線を交えた紛争もあり、平和はなかなか訪れることはありませんでした。
1987年には、刷新制作(ドイモイ)が始まります。産業における社会主義政策の緩和で、自由競争の意識が生まれました。外国からの投資も入るようになり、近年の産業や社会の変化は速くなっています。
参考文献:http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/thailand/index.html
「世界発見10:東アジア・日本」 1992年 同朋舎出版 ビジュアル大辞典「世界の国々」 2003年 昭文社、その他
|
|